平和の道 ~ 本当の憲法精神 梅園浩 先生 NO.15
○平和の道
それをもし、本当に世界の砂漠を緑化する仕事に使われたら、どれだけアフリカの人たちが救われるか。だから、ソ連にしても、アメリカにしても、日本にしても、軍備に使っている金をアフリカの砂漠を緑地化するところに使ったら、もう地球の人類がどれだけ救えるかわかりません。そうすることの方が本当は神様の方から言って大事なんです。それをなおざりにする。殺し合いの準備ばっかりする。そりゃもう、本当に、今の人間というのは、神様に対して反逆していると言われても仕方がない。
二代様のお歌で、皆様よくご存知だと思いますが、
戦争に入れる力を平和なる
道に尽くせばこの世天国
という歌があります。ごく簡単な、子どもでもわかるような歌ですけど、実に大変な教えだと思うんです。一番簡単なことで一番難しいことなんです。それをやろうという決意を人類がすれば、素晴らしくなると思います。
だから、今、毎年五千億ドル使っておる金を良い方に使ったら、もうこの世たちまち地上天国になるんですが、なぜ、今でもそういう間違った惰性から抜けきれないのか。その惰性を抜けきるためには、どこかの国が皮切りをしなければならないわけでしょう。
それをしたのが、私は、昭和二十年の日本だと思うんです。日本が軍備を放棄したというけれども、これからの時代、戦争を無くしていくためには、世界から軍備を無くしていかなければならないとだめなんだと聖師さまが言われた。
日本が軍備を放棄したというのは、そういう世界平和の先駆者になる使命を神様が日本に与えてくださったんだと。だから、日本が平和憲法を持ち、軍備を放棄したというのは、神様からのことなんだとおっしゃっているですから、大本信者がまず自覚し、その心を日本人に浸透させていく、そして、日本の憲法の精神というものを世界の憲法の精神にしていくという、そういう一つの理想をもって大本人がもっと信仰せなならんと思います。
〇右旋回する大本
それが残念ながら、大本の中で昭和四十四年に日米安保条約賛成論を打ち出したんです。
昭和三十五年の時には、大本は安保条約を否定したわけです。ああいう軍事同盟としての日米安保条約をすることは、日本の憲法精神に反するし、大本から言えば、神様の経綸に反するというので、昭和三十五年のあの六十年安保の時には反対の立場を取ったのです。
それから二年の後の昭和三十七年には、榮二先生が総長から降ろされてしまった。がたがたしているうちに、大本はだんだん右旋回しました。そして、昭和四十四年の時には、大本はご丁寧に百八十度回転して、安保条約必要論を打ち出した。
それを後から考えてみると、大本が昭和四十四年八月に安保条約推進論をぶつ前の六月か七月に、笹川良一、あの人が日本の宗教界にアピールを出しました。平和、平和言っているけど、赤にやられたらいかんのやと。日本には軍備が必要なんだと。そして、反共の第一線に宗教は立たないといけなんだという、そういう檄文を日本の宗教界に配っています、笹川良一が。
それを大本の一部の人も受けたんだと思うんです。そして安保条約推進論を、ちょうど栄二先生を中心とした大本の平和を主張した人たち、いわゆる大本の中の平和勢力をたたいた後に、安保条約推進論をぶったわけです。あのあたりから大本は道を誤ったと思うんです。大本の青年の人たちも、あの段階で非常に精神的に混乱します。それを何とか挽回していかなければならないのです。
〇本当の憲法精神
それは大本のために挽回するんじゃなくて、聖師様の精神というもので日本の国民に訴えて、日本の憲法の精神に活を入れなくちゃいけない。今、日本の憲法の前文とか、第九条というのは、あってなきがごとくです。その精神というのは全く無視をされている。それに本当の精神を吹き込むのは、神様の経綸として主張しておる大本の教えの立場から、本当の憲法精神に活を入れる。やっぱり、大本信者の使命でなくてはならないと思うんです。
それが日本人に自覚された時に初めて、世界の人たちに、軍備を捨てなさいと呼びかける。軍備を持たずに皆さんと仲良くできるじゃないですかという、そういう手本を、ある意味日本が示して、初めて世界の軍備をなくしていく道が開いてきます。お互いに武器を磨きながら、おまえが捨てたら俺が捨てると言ったって、お互いに決して捨てません。
だから、気のついた人がまず、武器を捨てて自分が素っ裸になる。手本を示すということは大事です。武器を捨てると、これだけ平和に反映するじゃないかという手本を示さないといかんのじゃないかと思います。
まあ、そういう点では、もっともっと今の大本が、祭教慣造という、あの造の世界においても、本当に正しい造のあり方を、勇気を持って訴えていくということが大事だと思うんです。
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