仇敵は恩人 PART② 最終回
○チンリウ姫の心情
ところで、このチンリウ姫の過酷な試練の話を、我々はいかに理解すればいいのだろうか。アヅミ王の信頼も厚かった乳母アララギやその娘センリウは、チンリウ姫を次のようにだましている。
◇チンリウ姫は、太子の妃になることを強く抵抗していたが、妃にならなければ自分ら親子も殺されるというセンリウの言葉に同情し、太子の妃になることを了解した。
〔第一三章「思ひの掛川」〕
◇太子は実は猛獣の化け物で、床入りすれば殺されるというアララギの言葉をチンリウ姫は信じ、センリウの服を着て、床入りしなかった。
〔第一四章「鷺と烏」以下同じ〕
◇国宝の水晶の花瓶を打つ清き音色で太子の歓心が得られて、自分が愛されるというアララギの言葉をチンリウ姫は信じる。そして、水晶の花瓶を打ったところ花瓶が割れ、センリウにすり替えられて罪人として島に流された。
殺されると言うアララギ親子への同情。また化け物に殺されるとか、花瓶の音色で太子の歓心を得ることできるとかを聞き入れる素直さ。
チンリウ姫は深窓育ちのおぼこ娘(第一四章「鷺と烏」)であるが、こういった姫の同情心や素直さは、普通の人々が持つものと変わりはない。
ところで、第八十一巻を読み進めるなかで、膝まで水につかり絶対絶命となった中で大亀に救われるまで、チンリウ姫に特段の信仰心を見出すことはできない。しかし、大亀の背に乗り故郷イドムの国に進むうち、アララギらへの感謝や大神への信仰心が芽生えて来る。
その心情の微妙な変化を、チンリウ姫の詠む歌で知ることができる。天祥地瑞ならではの表現方法である。
この亀は神の使(つかひ)かわが生命(いのち)何怜(うまら)に委曲(つばら)に救いたるはや 〔第一六章「亀神の救ひ」以下同じ〕
大いなる海亀の背にのせられて故郷(くに)に帰ると思へば嬉しも
様々の悩みに遭ひて海亀の助けの舟にのせられにける
亀よ亀サールの国に近よらずイドムの磯辺に吾を送れよ
独(まる)木(き)舟(ぶね)にまして大(おほ)けきこの亀は海の旅路も安けかるべし
海原に立ちのぼりたる靄(もや)も晴れて御空の月は輝き初めたり
天地の神も憐れみ給ひしか助けの舟を遣はし給へ
り
何事も神の心にまかせつゝ浪路を渡りて国に帰ら
む
(…亀に救われた安堵感…)
曲神の伊猛り狂ふ醜国(しこぐに)に送られ吾は悩みてしかな
アララギの深き奸計(たくみ)は憎けれど吾は忘れむ今日を限りに
たのみなき人の心を悟りけり乳母アララギの為せし仕業(しわざ)に
センリウは吾身に全くなりすまし妃(きさき)となりてゑらぎ居るらむ
外国(とつくに)の仇(あだ)の王(こきし)の妻となるセンリウ姫は憐れなりけり
吾霊魂(みたま)身体(からたま)共に汚さるゝ間際を救ひし彼なりにけ
り
かく思へばアララギとても憎まれじ吾操(みさを)をば守りたる彼
暫くの栄華の夢を結ばむと仇に従ふ心の憐れさ
吾は又心の弱きそのまゝに仇に身(み)霊(たま)をまかさむとせし
ありがたり神の恵の深くして吾身体(からたま)は汚さずありけり
(…アララギ親子を憐れみ…)
夕されば波間に沈む島ケ根に捨てられし吾も救はれにけり
この亀は次第次第に太りつゝ海原安くなりにけらしな
大空に水底に月は輝きて海原(うなばら)明るく真昼の如し
亀よ亀イドムの国に送れかしアヅミの王のいます国まで
汝(なれ)こそは尊き神の化身かな玉の生命を救ひ給ひし
いつの世か汝(なれ)が功(いさを)を忘れまじ海原守る神とあがめて
あぢ気なき吾身をこゝに送り来し汝(なれ)は生命(いのち)の親な
りにけり
(…亀は神の化身かと…)
いろいろの汝(な)(※)が言霊にわが胸の雲は晴れたりとく入りませよ 〔第一七章「再生再会」以下同じ〕
※汝=サール国の朝月。アララギの娘センリウを贋チンリウ姫と言い、島に流された。
なよ草の女一人のこの庵(いほ)に汝(な)が訪ひ来しも不思議なるかな
汝(なれ)も亦琴平別に救はれしかわれも神亀(しんき)に送られ来(きた)りぬ
二十八首ある歌のうち十二首が亀に関したものである。チンリウ姫は、大亀が神の化身だということがだんだんわかり、最後に「琴平別」の神名が出ている。
琴平別の神名は、第四巻や第六巻などで出て来て、大道別の霊魂(みたま)が日の出の神や琴比良別神となっている。(第四巻第三二章「免れぬ道」)、また、大道別は大日如来となった(第六巻第二三章「諸教同根」)ともあることから、霊界物語神名備忘(161頁)には琴平別神が「主神の顕現」ともある。父アヅミ王がまみえた主の大神に、娘のチンリウ姫も救われている。
チンリウ姫が、過酷な試練に遭うのは信仰に至る道筋であったのか。アヅミ王が築いた神殿に近い森で朝月とともに時を待つ。今後の信仰的向上を予感させつつ、チンリウ姫の物語は終わっている。
さて、私を病に至らしめた方は、一体何の恩人だったのか。その方に会いに行ったのが平成二十五年一月頃。その年の九月、ある幹部職員の不祥事を知った。私しか知りえないことが多々あった。弁護士にも相談し、翌二十六年六月上層部に報告した。
当時、刑事事件は時効だが、民事はまだ時効にはなっていなかった。その職員は二十九年七月に亡くなった。私の行動をきらう方々との人間関係は失ったが、戒め事として私の名前とともに、組織の中枢部で今も引き継がれていることを、今年四月確認した。
もし、私が順調に階段を昇っていたならば、己のポスト可愛さの世間愛で、不祥事を見て見ぬふりをしていたかもしれない。私は病を得たゆえに良心を失わずに済んだ。大神の御試しを受けたのかもしれない。「心の鬼を退(やら)ふべき誠の力は真言(まこと)」という神鉾の神の御言葉を、今素直に聞くことができる。
〔後記〕
叔母は法華経に熱心になる前に、家の仏壇にある釈迦像の眉間から発した光を浴びたのだという。私も今年三月、孫の写真をお雛様の前で撮ろうとした時、さっと光りの粒が集まって来た。夢中でシャッターを切ると、それらが写真に写っているという不思議な体験をした。
我が家は祖母により大本に入信したが、叔母は祖母の姪に当たり、また、叔母の祖母は私の祖父の姉である。家系図が複雑すぎるほど叔母と私はずいぶん濃い血縁関係にある。
先日、久しぶりに朝日歌壇に私の短歌(追記)が入選したので叔母に知らせた。すると「宇宙の法則である諸法実相と諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三法印について教えたい」「死に際が大切、それが来世の姿」というメールが返ってきた。
これらを見て、第五十六巻総説が思い浮かんだ。万物流転の「諸行無常」に対して、「卵は虫の始めにして又虫の終り…人間も幼たり老たり死たるも一体の変化のみ」という本質不変のお示し。
また、「死に際が大切」に対して、「人間は…死後…復活して天国の生涯を営む」「人間の現肉体の生命は只その準備に外ならない」という天界主体のお示し。叔母とはなかなか、かみ合いそうにはないが、勉強のため叔母のところに行ってみよう。
(追記)私と短歌
平成二十四年十一月頃から短歌を作り始めた。すると朝日新聞全国版「朝日歌壇」の十二月三日に入選した。馬場あき子さんの選で、一部添削があった。
(入選歌)自らの巣に死すほかなき蜘蛛にして
餌(え)を待つままに風に吹かるる
(添削前)自らが張りたる巣に死す蜘蛛にして
餌(え)を待つままに風に吹かるる
「ほかなき」が加わり、単なる蜘蛛の死の自然詠が「死すほかなき」という哲学めいたものとなった。「あなたは一旦死んだものと思いなさい。これまでの考え方を変えなさい。そうすれば新しい道が開けます」というメッセ―ジであったのだろう。病を得て、ポスト降格、出先機関異動、入院、休職という、チンリウ姫と同様の島流しの状態から、三年が経っていた。
この歌が入選した頃から、奇跡的に体調が回復に向かった。三月後の復職の歌も馬場さんに選んでもらった。その後、さらに三首を選んでもらい、旧知の方々にも送った。全国版に自分の短歌が掲載されることで、社会復帰の大いなる自信となった。馬場さんにはとても感謝している。
なお、馬場さんの選歌には大本弾圧を歌ったもの(※1)があり、また、馬場さんのお祖母さんが綾部出身(※2)であることを考えると、馬場さんは大本を十分に知っておられるのであろう。私の歌が馬場さんに選ばれることを通じ、大神様が私に回復の力を与えてくださったのではないか、勝手ながらそう思いたいところである。
○自らの巣に死すほかなき蜘蛛にして餌(え)を待つままに風に吹かるる 〔平24・12・3馬場あき子選〕
○復職の朝はスーツで出勤す小雨にけむるけふ から弥生
〔平25・4・1 馬場あき子・佐々木幸信選〕
選者馬場あき子評「第二首は復職の朝の明るい緊張が弥生の雨とスーツ姿にある」
○八十歳の父がいつまで担い手か三百万かけ田植え機替えしが 〔平25・7・8 馬場あき子選〕
○部屋ごとのドア照らされて静まれり老人ホームに秋の夜更けゆく〔平25・12・8 馬場あき子選〕
選者評「第三首の寂寥感は心に迫る」
○秋風がさやかに吹くやふるさとにフグの初競りみかんの初荷 〔平26・10・20 馬場あき子選〕
(この歌を境に歌が明るくなって行く。私の魂に何か大きな変化があったのだろう)○「お父さんは謝るのが下手なんだから」とまた言われそうだがメールを送る
〔平26・11・3 永田和宏選〕
○終はりなき円周率を寿ぎて三・一四結婚せしとふ 〔令3・4・18 高野公彦選〕
※1 国による大本弾圧見たる岩今はしづかに鯉を観てゐる〔令2・4・19 綾部市・阪根瞳水 選者馬場あき子評「第三首、戦前から戦中にかけての宗教弾圧を知る者も少なくなった」
※2 祖母は京都の綾部から駆け落ちで上京…
〔朝日新聞平30・10・11 語る―人生の贈りもの― 歌人 馬場あき子 3 〕
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