神話と現代

北部ヨーロッパの気候は変わりやすく、初夏の空が一転、黒雲に覆われ、冷たいみぞれ交じりの雨が横殴りの風と共に落ちることもあります。それでも街中の木々は益々旺盛に緑葉を茂らせ、そよぐ風にはさざ波のように散り散りと揺らめき、暴風には鞭のように大きくしなりうねります。樹木は不思議な生命力を持っています。戦争や災害の跡にも彼らは命を繋ぎます。おそらく人類が愚行の果てに滅びても樹木は静かに賢く生き残るでしょう。

 トランプ米大統領はサウジラビア、イスラエル、バチカンを回った後、ブラッセルでNATO(北大西洋条約機構)首脳会合に参加し、その後イタリアのシチリア島でG7サミットに出席しました。サウジアラビア、イスラエル、バチカンは明らかに中東政策の一環ですが(バチカンにとってキリストが生まれ、再臨するのであろうパレスチナの地は重要)、その後のNATO、G7での対応にもトランプの根底にある考えが現われていたのではないかと感じられます。米国は「世界の警察官」として世界中の紛争に積極的に関与してきました。独裁者を倒しデモクラシーを樹立するために先導的な役割を果たすという「表向き」の理由の他に、経済的戦略的地域(石油・ガスのある中東)での利権を牛耳るとの真の目的があるのも事実でした。軍事的関与は国の財政赤字を生みますが、一方で軍事産業は潤うという面があり、中東地域が不安定化すれば、(軍事産業体としての)米国の利益は拡大します。かつてイラクへの強硬的な軍事関与(当時のブッシュ政権はサダム・フセインが大量破壊兵器を保有しているという難癖をつけて戦争を開始しました)によって、おそらく米国は利権を確保したのでしょうが、その結果中東は益々混乱に陥り、イスラム国という奇怪な鬼子を生み出してしまいました。アメリカン・デモクラシーも世界の警察官としての立場も今や信頼を失っています。トランプは従来の米国の立場を変えようとしています。米国の外で起こることに今後米国は関与しない、米国の中の問題がより重要だ(America First)というわけです。サウジアラビア、イスラエルへの訪問は、トランプの「地元の意思と主権の尊重」を伝えに行ったものではないかと考えます。

EUはトランプの言動に警戒心を募らせていました。トランプは大統領就任初期に、EUとではなく、各国と個別に自由貿易関係を築くべきだと述べていました。トランプ政権移行不在となっているEU代表部米国大使への就任を希望している政治学者のテッド・マロック氏は、トランプ欧州訪問の前日、英国にならってEUの離脱を国民投票にかけるのは正しい選択、EUを離脱すれば米国とより良い貿易関係を築くことができる、EUと米国の間でTTIP(自由貿易投資協定)が復活する見込みはない、とメディアに述べていました。トランプの初の欧州往訪をEU首脳は半ば敵を迎える気分で待っていたのではないかと思います。ユンカー欧州委員会委員長及びトゥスク欧州議会議長は、トランプ米大統領との一時間十五分にわたる個別面談において、自由、人権、人間の尊厳という西洋の価値が米欧の協力関係を深める基礎であること、自国の利益ではなく、これらの普遍的な価値に基づいて自由な社会を作るべきことを強調したとされています。「Values and principles first(普遍的価値と理念の優先)」という言葉がトランプに向けられたようですが、これはトランプの唱える「America first」に向けた対抗的メッセージであるでしょう。結局、双方の間で、気候変動対策、貿易、ロシアに関して共通の立場を見出せなかったとされています。

トランプ大統領は就任前よりNATOは時代遅れと述べていました(その後この言を改めていますが)。米国の歴代大統領は、NATO主要規定の一つである第5条(集団防衛:欧州または米国における締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなし、必要な行動を個別的にまたは共同して直ちにとる)を支持する旨宣言することを習わしとしてきました。ところが、トランプは首脳会合の演説の中でこの第5条について触れることはありませんでした。米国は欧州が関わるいざこざには関与しませんよという意思表示でもあります。NATOは自らの存続のため、アメリカの「離脱」は許すことはできないでしょう。ストルテンベルグNATO事務総長は首脳会合の前にトランプとの良好な関係作りのため密かに奔走していた模様です。戦後、米国と欧州が謳ってきた軍事同盟関係はほころびを見せ始めています。

G7サミットの狙いは、パリ協定(気候変動対策に関する国際協調)の支持、中東・アフリカからの難民流入問題での協調、自由貿易体制の推進と保護主義への批判などだったのですが、トランプの米国とはことごとく意見が合わず、仲違いのような結果となりました(トランプはその後パリ協定を離脱すると宣言しました)。おそらくトランプはG7に代表される既存のエスタブリッシュメント(富裕権力層)を嫌っているのでしょう。エスタブリッシュメントを代表するドイツのメルケルと、辛うじて反エスタブリッシュメントのマリーヌ・ル・ペンを破ったフランスのマクロンが手を結び既存の秩序の維持を強調するものとなりました。トランプの欧州訪問は、トランプの姿勢を明らかにし、そして米国と欧州の溝を明らかにしたように思われます。中国やロシアが重要なプレーヤーとなっている現在、G7の力は脆弱化しています。EUにとっても米国にとっても、中国やロシアとの関係は益々重要になるでしょう。しかしながらある面では足並みを揃えても他の面では反発するという具合に、関係は複合的であり単純ではありません。

EUは中国との間で第19回サミットをブラッセルで開催しました。20年も前からEUと中国が高次のレベルで関係を深めてきたのは今更ながら驚きです。中国側は李克強首相が代表していました。経済、気候変動、テロ対策等幅広いアジェンダが包含され、貿易、農業、5G(デジタル・テクノロジー)、製造、一帯一路(新シルクロード計画)といった実に様々な分野で協力協定が締結されました。米国との関係が不調に終わったことのリカバリーのように、EUは中国との提携の前進を喧伝しています。中国にしても、米国がEUと離反していくような雰囲気の中、EUを取り込む機会とみなしているかもしれません。つまりEUにとって中国は、長年の付き合いの後で心変わりした米国という相手に代わってアピールしてきた古くもあり新しいパートナーと言えます。そのパートナーはトランプが宣言した保護主義や脱パリ協定に対して、逆に自由貿易とパリ協定の支持を明らかにしてEUに接近しています。EU、中国とも最大の関心は双方の市場への参入による経済の拡大ですが、やや幻想的な面が伺えます。実際には中国はまだ保護主義が強く、EUと中国との商業関係には跛 ( は )行 ( こう )性があり、EUのビジネス層は中国スタンダードを強く批判しています。互いの幻想が壊れ、決別することもあり得ます。しかしながらEUは緩やかに東進を目指し、中国は虎視眈々と西進を目指していくでしょう。EUと中国との経済的な関係の強化はやがて政治・軍事的な関係に発展し、それが新たな国際秩序を作っていく可能性があります。中国はその中でいろいろなカードを手にするであろうと思います。

さて、欧州の基礎はギリシャ文明とキリスト教だと言われます。ギリシャ文明は様々な神話を残していますが、古代ギリシャ都市ではそれらは劇として演じられていました。多神教のギリシャ世界では、神々は擬人化され、人間と交わり、人間と同様の誤りを犯したりします。神々はこのように人間と対等のレベルに降りてくることで権威は貶められてしまいますが、ギリシャ世界の中ではそのような神々はかえってポピュラリティを獲得していったようです。あくまでも峻厳で人を寄せ付けない、絶対的に無謬の一神教の神とは対極的です。ギリシャ人達はなぜこのような神々を創り出し、神々の物語を編み出したのでしょうか。神話の中では、紛争、収賄、復讐、収奪、身分差、利権といった人為的な事柄や、自然(天災、疫病)という人の手に負えない畏怖すべきものが主題になっています。神話は、人々がこうした物事へ臨む姿勢や対処の仕方を共有し、伝承する方法として編み出されたものだと思われます。つまり神話の中には人と社会の原型(ひな型)があるのです。つまり神話の中で起きることは現世で起きる、現世は神話の写し世ということになります。かつてギリシャの古代都市では神々の活動劇を見ながら実際の人間関係や社会を乗り切る教訓、知恵を得ていたと言ってもよいかもしれません。

『霊界物語』の続編である「天祥地瑞」は、言霊学によって宇宙創造と天地開闢の原理を説いています。声音という「此無礙自在の妙気、絶対の不可思議力こそ実に所謂宇宙の本体、独一の真神、久遠の妙霊にして、一切の音声は即ち其発言なれ」(第78巻「総説」)。声音の宿す様々な力と意味に着眼し、声音の体系的機能から宇宙の真理、万物の成り立ちを洞察したものは古今東西を通じて他に例がないでしょう。王仁三郎聖師は第76巻で、世界各地の神話が描く宇宙創造説や天地開闢説を列挙し、「以上古今東西各国の、天地開闢宇宙創造の説は、我皇典の所伝の外は、何れも荒唐無稽にして、歯牙にかくるに足らざるを知るべし。即ち宇宙創造は夢中想像にして天地開闢は、癲痴怪百なり。我が説示する天祥地瑞の宇宙創造説や天地開闢説に比して、天地霄壤の差異あるを玩味すべきなり」と述べています。言霊学に基づく宇宙創造(つまり神意の発動)の原理は生硬な文章によって説かれていますが、一方で天祥地瑞は歌によって展開し、耳になめらかで麗しく格調高いものになっています。霊界物語(および天祥地瑞)は新しく壮大な神話だと言えるのではないでしょうか。古代の人々は神話の謎めいた世界から現世の構造を学びました。21世紀の益々複雑化し混迷化していく世の中では、神話に立ち返ることで光明が得られるかもしれません。霊界物語は今もそのために人々の前にあるのではないかと思います。

大本柏分苑

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