異常性への模索

出口王仁三郎著作集(読売新聞社刊)より下記抜粋します。

1972年に外部の成城大学教授 堀 一郎氏が論評を寄せています。

漱石の<夢十夜>の第六話はすぐれた小品である。護国寺の山門で仁王を刻んでいる運慶を見物に行った主人公は若い男から<なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出す迄だ>と言われ、自分も仁王を掘り当てようと、片っ端から薪を彫ったが、どれにも仁王を蔵しているのはなかった。主人公はついに、明治の木には仁王は埋まっていないと悟り、運慶が今日まで生きている理由がわかった。

禅味のある話である。<己心に仏を見る>の意味合いが漱石にこの夢を見させたのであろうか?彼の<則天去私>に通じるものであろう。夢というものは、フロイト以来の心理学者が騒ぎ立てる以前から、宗教体験の最も神秘的なものとして重要視されていた。夢想、夢告、回心の神秘体験が夢を通して得られた例は極めて多い。夢判断は、多くの民衆に未来の吉凶を知る手がかりとなった。中世の<他聞院日記>は前の晩に見た夢に一喜一憂している記事に満ちている。

ヤコブがベエルシバからハラレへ向かう途中、日が暮れてそこにあった石を枕にして寝た夜、夢の中に、天に達する梯子を天使が上り下りするのを見、その上に ヤハウェが立って彼の子孫に守護と福祉を与うべき事を啓示した。ヤコブは夢さめて<神殿に外ならず、これ天の門なり>として枕とした石を取って柱とし、膏を注ぎ、そのところをペテル(神殿)と名づけた。創世記の有名な物語はその後、多くの夢による啓示伝承の1ペ-ジを飾った。ヤコブは平凡な枕石の中に神を掘り当てたといえる。ヤハウェは<汝自己の為に何の偶像をも彫むべからず>と命じた。しかし芸術と宗教は異父兄妹である。ともにアプリオリ/エクスタシ-の状態において、神を求め、召され、美を求め、求められるからである。ヤコブの名はヒェロファニ-である。そして稲妻の一瞬のきらめきの中に現れる聖性がクラト-ファニ-であるという。すべての石、稲妻のきらめきが聖の顕現とはなり得ない。聖性はあらゆる物質と現象の中におのれを現そうとする。しかしこれを掘り当て感得するのは人間である。すべての人間に可能というわけではない。聖は特定の人間を求め、特定の人間が聖を求め、聖を発見する。

この特定の人間を宗教的人間と呼び、強烈なものを宗教的カリスマと呼ぶ。<明治の木には仁王は埋まっていない>という漱石のアイロニ-である。埋まっている仁王を合理と俗念とで叩き壊している。ペテルの石も他人から見ればただの石である。ヤコブが枕したことによって、この石は聖なる石となった。ヤコブが別の石を枕にしても、奇蹟は起こり聖石となっただろう。前代の宗教学者は、自然崇拝とか岩石崇拝として片付けてきた。現在でもマナ/アニミズム説で解釈してしまう。石/木/山/自然現象すべて拝まれ崇められるわけではない。仁王は木の中に隠れ、聖なるものは石を通して、たえず電波を送り続けているかも知れない。人間の側に電波を受信する装置と能力がなければ、木も石もただの物質にすぎなくなる。この受信装置を持っている者が、召された人、遣わされた人であり、身に着けるべく努力探求する者が悟れる人である。宗教的カリスマは俗なる人間にとっては非凡人であり、異常人である。彼らは凡人には及び難い神秘体験をわが物とする。神の厳しい試練を受け、堪えてはじめて神の声を聞き、神の姿を見る事ができるのである。

原始宗教はこの異常人によって導かれ、人々の心の支柱となってきた。世界宗教は万人にその可能性を開放して、これを仏性と呼んで万人の成仏を保証し、悔い改める回心を主張する。

近代人は合理的人間であり、非宗教的人間である。神は教会の尖塔から天高く飛び去ってしまった。ニ-チェ以来、神は現代人によって殺されたともいわれる。神を飛び去らせ神を殺した現代人が果たして幸福に成り得たかどうか?合理の世界の中で果たして満足し得るかどうか?人間は疎外され、人間性を失い、自然もまた破壊されつくそうとしている。

高松塚古墳に対する異常な関心、隠された十字架をはじめとする最近の歴史ブ-ムの中に、単なる古代へのノスタルジア以上の何ものかがある。現代人は合理化の平凡と害毒に倦み、悩んでいる。人々はよどんだ平和と常識に危機感を抱いている。<常識という言葉ほど私を悩ませたものは無い>と柳田国男は云う。<明治の木に遂に仁王はいない>という漱石の言葉の含蓄はここにある。

合理と常識への挑戦と、常識を破るものへの人々の歓呼とが、現代人の苦悩の一つの表現であり、そのささやかな慰しとなっている事は興味ある現象である。

1972~1973年 出口王仁三郎著作集(読売新聞社刊)全5巻 ①神と人間 ➁変革と平和 ➂愛と美と命 ④十万歌集 ⑤人間王仁三郎 はアマゾンにて中古本が入手可能です。

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