チャイナスタンダード 広がる中国流 世界に試練 <朝日転載> 2018年12月
東欧セルビアの地方都市ウジツェ。中国の協力で近郊の旧軍用空港を物流拠点にする構想がある。市職員のベセリンカ・ヨバノビッチ(50)の案内で地元の幼稚園を訪ねた。ヨバノビッチが、園児たちに「中国語のあいさつは?」と問いかけると、「ニー好(ニーハオ)」と元気な声が返ってきた。
「怡海(イーハイ)マログイン前の続きマ・ウォン幼稚園」は、中国企業の経営者がセルビア進出の一環として資金を寄付し、昨年開園した。園児は3、4歳になると週2回中国語を習う。ウジツェに限らず、セルビア各地で中国の存在感が増している。首都ベオグラード郊外で建設が進む大橋の側面には受注した中国企業の名が刻まれ、中国人らしき労働者が行き交う。人口700万のセルビアで中国による開発投資は今年、累計で60億ドル(約6720億円)に上る見込みだ。「中国シフト」にかじを切った前大統領ニコリッチが取材に応じた。
「我々は2000年に欧州連合(EU)加盟の意思を示したのに、EUから必要な援助はなかった」
1990年代の紛争からの再建を目指すセルビアは、欧米の投資に頼ったが思うように進まなかった。中国のシルクロード経済圏構想(一帯一路)は、まさに渡りに船だった。
「(資金の使い道に条件をつける)EU本部の助言に従うのか。(中国の支援で)人々がよい生活をするのか」。ニコリッチはEU域内を含む東欧諸国の置かれた状況をこう代弁する。
中国は中・東欧の16カ国を一帯一路の戦略地域と位置づけ、中国・中東欧諸国協力(16+1)という枠組みで12年から首脳会議を開く。16カ国のうち現EU加盟国は11カ国。チェコ大統領のゼマンは、自国を「中国のEUへの入り口にしたい」とまで言い切る。「裏庭」への中国の浸透に、EU内では警戒の声が上がる。ドイツの首相メルケルは2月、「16+1」の参加国がEU共通の政策に基づいて動かねば「EUは分裂する」と訴えた。
中国の影はすでにEUの結束を乱している。人権や南シナ海問題で中国を批判する決議や声明が、相次いでギリシャやハンガリーなどの反対に遭った。
欧州委員長のユンケルは9月、施政方針演説で「欧州は世界に一つの声で話す必要がある」と訴えた。中国を念頭に「人権侵害をしている国への制裁が一国の反対で遅れるのは適切ではない」と、外交の政策決定を全会一致から多数決にすることを提案。11月にはEU外からの投資がEUの利益を損なう恐れがある場合、欧州委が意見できる制度の導入でも暫定合意した。
ただ、こうした施策は開放性という欧州の長所も弱める恐れがある。自らの価値や立場を守りながら中国をどう受け入れるか。模索するのはEUばかりではない。
■一帯一路、IMFは警告
「パキスタンはIMF(国際通貨基金)にサヨナラを告げるだろう」。15年、一帯一路に基づく支援で、交通や電力インフラを整備する450億ドル(約5兆円)の巨大事業が動き出した時、首相のシャリフはこう豪語した。
パキスタンはそれまで、経済危機に陥るたびにIMFの支援を仰いできた。しかし、引き換えに公共料金値上げなど痛みを伴う改革を求められるため国民に不評で、一帯一路は「救世主」として歓迎された。
しかし、事業開始から3年で雲行きは一変した。事業に必要な資機材を中国から大量に買うことになり、その支払いでパキスタンの外貨準備高は今年に入って約4割減り、約80億ドルまで落ち込んだ。対外債務は過去最大の約970億ドルに膨らみ、11月にIMFの交渉団が招かれた。
中国マネーで活況に沸いた国々が一転、IMFに駆け込む例が相次いでいる。中国の融資で建設した港で巨額負債を抱えたスリランカは16年からIMFの支援を受ける。アンゴラやエクアドルも支援を求めた。
IMF専務理事のラガルドは今年4月、「一帯一路は債務問題につながりうる」と警告した。 「一帯一路には(債務の)わなはない」。11月の国際会議で中国国家主席の習近平(シーチンピン)はこう強調した。だが、各国の姿勢は変わりつつある。
ミャンマー西部ラカイン州チャウピューは中国まで通じる石油・ガスパイプラインの起点だ。米国の影響を受けるマラッカ海峡を通らず中東からの原油を中国に運ぶ拠点で、中国は熱い視線を注いできた。
ミャンマー政府は15年、中国の国有企業を中心に深海港や経済特区をつくる72億ドル規模の計画を発表した。しかし、計画は今年11月、4期ある工期のうち第1期の港湾事業(13億ドル)のみに絞られた。
「初めの計画は身の丈を大きく超えていた。借金漬けにならないために、必死で交渉した」とミャンマー商業省幹部は打ち明ける。
■発展途上国の立場捨てず
「我々は責任ある大国として力を発揮する」今月、北京で行われた改革開放40周年の記念式典で、習はこう述べた。自国第一主義に傾く米国を尻目に、中国は「国際秩序の守護者になる」と意気込む。ポーランド・カトビツェで今月開かれた第24回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24)。最終日、中国代表の解振華は合意の立役者として舞台中央に招かれた。解は会期中、EUやカナダの閣僚らと会談を重ね、温暖化対策の新しい枠組み「パリ協定」実施への結束を確認した。
パリ協定は、米中の歩み寄りで生まれたとも言える。発展を急ぎ、温室効果ガスの最大排出国となった中国が、14年、オバマ米政権の説得に応じて削減目標を掲げたのが転機だった。
両大国が牽引(けんいん)する形で交渉は加速するかとみられたが、17年に生まれたトランプ政権は、オバマ政権の遺産を次々と否定し、パリ協定からも離脱を表明した。米国が生んだ「リーダーシップの空白」を、中国は埋められるのか。
世界が見つめるなか、中国は枠組みを守ったとの評価を得た半面、「我が国は世界最大の発展途上国」(習)との立場も捨てなかった。温暖化対策の途上国向け基金に1億ドルの事業を申請し周囲をあぜんとさせ、事前交渉でも途上国の論理を持ち出し、「(先進国対途上国という)議論を蒸し返している」(EU)と批判を受けた。
中国は世界貿易機関(WTO)を巡る議論でも、保護主義に突き進む米国を念頭に自由貿易の推進役として振る舞う。しかし、ここでも途上国としての立場を崩さず、国有企業など中国の特殊な制度を認めさせようとする。加盟各国は不満を募らせ、7月の会合では、「中国の国有企業は市場をゆがめかねない補助金を受けている」(カナダ)といった声が相次いだ。
中国が存在感を高めるほど、世界はその異質さと向き合い、どう間合いを取るかを問われる。中国共産党の歴代指導者と深い親交があったシンガポール建国の父、リー・クアンユーは生前、こう語っている。
「ほかの新興国と違い、中国はあくまで中国であろうとし、中国として世界に認められようとする」
■米中対立、日本も岐路
私たちは今年春、中国からあふれ出るパワーが様々な領域に浸透している姿を伝える連載「チャイナスタンダード」を始めた。民主主義や途上国への開発援助、サイバー、マネーなどのテーマで、中国モデルが及ぼす衝撃を世界各地で描き出した。そこで見えてきたのは、国家の利益のためなら国際社会の批判も恐れず目的を達しようとする中国の姿だけではない。中国的な統治モデルや開発支援を求め、受け入れる国がある。安さやスピード感に勝る中国的なビジネスや技術革新を魅力的と考える人々もいる。中国の影響力が世界を揺さぶる状況は今後も続くだろう。その流れは、私たちが信じてきた国際的なルールや価値観の変更を迫る。
中国の行動は各地で反発や警戒を呼んでもいる。その筆頭が米国だ。連載の開始以降、米中通商紛争が激化しただけでなく安全保障面でも摩擦が深まり、「新冷戦」といわれるまでに事態は先鋭化してきた。
様々な領域で圧力を強めるトランプ政権の姿からは、経済、技術、軍事などで中国が肉薄する状況への焦燥が伝わってくる。覇権を握ってきた米国が、世界の「チャイナスタンダード化」を阻止しようと立ちはだかる構図が鮮明になってきた。
米中対立は、国際経済のブロック化、アジア太平洋の軍事的緊張などを引き起こし、日本の国益も直撃しかねない。歴史的な岐路に私たちもまた、立たされている。
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