霊界物語インターネット勉強会(レポート41) 藤 井 盛

―杖立温泉・白水荘―

大正十二年八月三十日、出口聖師は宿泊されていた白水荘(当時梅屋旅館)を発たれた。それからちょうど百一年目の今年八月三十日、「迷走台風」「のろのろ台風」と言われた台風十号が杖立温泉の近くを通過した。

台風に関して過去も同様のことが、パインタラ事件の大正十三年六月二十一日から八十年目の平成十六年の台風六号で。また、満州事変勃発の昭和六年九月十八日から九十年目の台風十四号でもあった。入蒙百年目に当たる今年も、やはり神様の意思が台風として現された。

出口聖師が白水荘に泊まられたのが、八月十二日から三十日まで。この間の二十三日が旧暦七月十二日で出口聖師五十二歳の誕生日。御手代を出された日であり、何より弥勒最勝妙如来、ミロク様に顕現された日である。翌年の入蒙では、「彌勒下生」を名詞に入れてミロク様の証しのご活動をされている。

「五拾弐歳を以て伊都能売御魂(弥勒最勝妙如来)となり、普(あまね)く衆生済度の為め更に蒙古に降り、活仏として、万有愛護の誓願(せいぐわん)を成就し、五六七の神世を建設す」

 (入蒙記八章「聖雄と英雄」)

九月二十九日、熊本県山鹿市の瑞霊苑であった平和祈願祭に参拝した。出口信一先生が平成十六年に祈願祭を始められて二十年目、亡くなられて十五年目。亡くなられる前、祈願祭に車イスで来られ、挨拶をされた姿が今も目に浮かぶ。

私は、祈願祭開始の前年平成十五年に、白水荘であった現地研修会に参加し、初めて白水荘に泊まった。その折、妻は女性二人で、神功皇后にゆかりある露天風呂「元湯」に入ったが、二十一年後、私もようやく入れた。

まさに道沿いから地元の男性が入って来た。山口県出身で熊本にもいたという俳人・種田山頭火が話題になった。「月かげのまんなかをもどる」(山頭火)。また、YouTube藤井盛も紹介した。

九月三十日の勉強会は、入蒙記二八章「行軍開始」から三十一章「強行軍」まで。

この中に、神功皇后が「金(くがね)銀(しろがね)を本(はじめ)として…種(くさ)種(ぐさ)の珍しき寶(たから)」(古事記「仲哀天皇」)と言われ、伊都能売神諭にも「龍宮の御宝…金銀銅鉄水鉛石炭木材食物」(大正七年十二月二十七日)とあり、出口聖師が、奉天憲兵隊長から満州国行政官になった三谷清氏に「大事な宝が地下に隠してあり…満州、シベリアについてよく研究しておきなさい」(『おほもと』誌昭和三十四年一月号)と言われた「みろくの世の宝」が出てくる。

「安爾泰(アルタイ)地方から新彊(シンキヤン)の西蔵境(チベツト)の方面には、砂金と云ふより寧(むし)ろ金の岩とも云ふべき程の物が沢山隠されてゐる」(二九章「端午の日」)

(令6・10・2記)

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