天変地妖と宣伝使 ―私の泥海時代―藤 井 盛(2-1)
○湖水となる低地
昨年七月一日の朝、吾が集落の約二十ヘクタールの水田地帯が一面湖になっていた。増水した川の逆流によるものである。深さが三メートルにも達し、水田地帯の端にある住宅も何軒か孤立した。前日からの降雨量が二百ミリを超えていた。
なお、この時私が業者に連絡して早めに水門を開けてもらったため、心配された水稲への被害を受けずにすんだ。
小さい頃からこの光景を私は見て来たが、連想することがある。霊界物語十五巻(二一章「帰顕」)にある、今から三千年後の五十世紀の記述である。
「大地の傾斜旧に復してより、今は御覧の如く低地は残らず湖水となり、唯高山の頂きのみ頭を現はし」 (十五巻二一章「帰顕」)
現在、地球の地軸は二十三・四度、太陽の公転面に対して傾いている。五十世紀になればその傾きがなくなり、低地が湖水になるというのである。
ところで、「大地の傾斜旧に復して」とあるように、元々地軸は傾いておらず、原因があって、現在のように地軸が傾いたのである。
まず、
「現代の賢しき人間は、天災地妖と人事とには、少しも関係無しと云ふもの多けれど」
との前置きがあり、
「地上神人の精神の悪化は、地上一面に妖邪の気を発生し、宇宙を溷濁(ごんだく)せしめ、天地の霊気を腐穢(ふゑ)し、かつ空気を変乱せしめたるより、自然に天変地妖を発生するに至る」
(第六巻第一五章「大洪水(一)」以下も同)
人心の悪化が、大洪水と大地震らの天変地妖を生み、大地が泥海となっている。
「雨は頻(しき)りに降りきたり、前後を通じて五百六十七日の、大洪水と大地震、彗星処々に出没し、日(じつ)月(げつ)光を押し隠し、御(み)空(そら)は暗く大地の上は、平(たいら)一面の泥の海、凄まじかりける次第なり」
もとより、人間は天地経綸の主宰者たる天職がある。
「人間は万物普遍の元霊たる神に代つて、天地経綸の主宰者たる可き天職を、惟神に賦与されて居る」
天変地妖は、その天職を人が忘れた結果だと断じてある。
「天変地妖の襲来したのも、全く地上の人類が、鬼や大蛇(をろち)や金(きん)狐(こ)の邪霊に憑依されて、神人たるの天職を忘れ、体主霊従の行動を敢てし、天地の神恩を忘却したる自然的の結果」
今日(こんにち)の大雨や地震についても、戦争は言うに及ばず、政治をはじめ各分野で見られる現代人の心の悪化と無関係であるはずがない。
天変地妖はさらに続き、地軸が傾く。かつて天上にあった北極星と北斗七星を、我々が今、東北の空に見るに至っている。
「この大変乱に天柱砕け、地軸裂け、宇宙大地の位置は、激動の為やや西南に傾斜し、随(したが)つて天上の星の位置も変更するの已むを得ざるに致りける…北極星および北斗星は…この変動に依りて稍(やや)我が国より見て、東北に偏位するに致りける」
(六巻一八章「天の瓊矛」次も同)
○大神の犠牲と宣伝使
大地が泥の海となり、「地上総ての蒼生は、殆(ほとん)ど全滅せしと思ひきや、野立彦、野立姫二神の犠牲的仁慈の徳によりて」「残らず救はれ」ている。
こうした救いのなかで、言霊別命が救世主となる。言霊別命は、蛭子であり出口聖師である。
「淡嶋(あはしま)の国魂として、言霊別命の再来なる少(すく)名(な)彦(ひこの)命(みこと)は…蛭子(ひるこ)の神となりて…幽界の救済に奉仕され…後世猶太(ゆだや)の国に救世主となり…十字架の惨苦を嘗(な)め、万民の贖罪主(あがなひぬし)となり」
(六巻二二章「神業無辺」)
「吾こそは言霊清き蛭子なり国のあちこち歌(うた)碑(ぶみ)建つるも」 (昭和十年八月映画「七福神」)
また併せて、こうした「災害をなし、収拾(しうしう)すべからざる」「世界の大峠」を「免るることを汎(あまね)く地上の神人に告げ諭」し、「大難を免れしめ」「神人の御魂の救済」のため、「人心を善導すべく」「麻(あなな)柱(ひの)教(をしへ)」の宣伝使が天下に派遣された。
(六巻「総説」要約)
つまり、天変地妖の原因たる人心の悪化を善導すべく、宣伝使が必要になったということである。
○宣伝使の役割
さて、霊界物語が一区切りとなる七十二巻に宣伝使ヨリコ姫が登場する。ヨリコ姫は元は山賊の頭目であったが、梅公、つまり言霊別命により改心し宣伝使となる。
「天下を掌握せむと…羅刹(らせつ)悪鬼の権化ともたとふべき山賊の大頭目」たるヨリコ姫女帝」
(六十七巻一章「梅の梅花」次も同)
「梅公が口より迸(ほとばし)る天性の神気に打たれて…惟神の本性、生れ赤児の真心に立ちかへり…神に従ひ神を愛し」
宣伝使となったヨリコ姫の宣伝歌はわかりやすい。神観や人生観、特に宣伝使の役割をわかりやすく説いている。
(神観)
「そもそも此世は天地の 元津祖なる生神が
ただ一柱坐し在して 日月火水木金土
森羅万象創造し」
(人生の目的)
「かつ人間を神様と 同じ形に造りまし
厳と瑞との精霊を 各自に宿しまし
天と地との経綸に 仕へしめむとなし給ふ
人の体はかくのごと実にも尊きものですよ
(誤った人生観)
それをも知らず人間はこの世に生れ来た上は
飲めよ歌へよ寝よ起きよお金があれば酒飲んで
歌舞音曲に戯れる これより外に人生の
目的更にないものと 誤解してゐる哀れさよ
これで人生の本分が尽しをへたといふならば
人は獣類(けもの)と同じこと 万(よろづ)の物の霊長と
どうして名附けられませうか
人は神の子神の宮 尊き神の宿として
造らせ玉ひしものなれば 衣食住居その外に
尊き務(つとめ)がなけれやならぬ」
(宣伝使の役割)
そのまた尊き神業は 如何(いかん)と言はば人間は 天地の神の御ために 有らむ限りの赤心(まごころ)を
尽し奉(まつ)りて道のため 天国浄土の円満を
はからむために霊魂(れいこん)の 魂(たま)をば研き開かせつ
この世に住める同胞(どうほう)を 八衢(やちまた)地獄の境遇より
救ひ出だして天国の 常磐堅磐(ときはかきは)の花園に
導き渡す宣伝使 御伴(みとも)に仕へ奉りつつ
その神業の一端に 仕へ奉(まつ)るぞ人として
最大一の務(つと)なり」(七十二巻八章「街宣」)
現在、信徒の多くが宣伝使に任命されている。ヨリコ姫が言うように「同胞(どうほう)を八衢(やちまた)地獄の境遇より救ひ出だして、天国の常磐堅磐(ときはかきは)の花園に導き渡す」役目を、十分に果たしてまいりたいものである。
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