BBC元東京特派員が10年で学んだこと

昨年末まで英公共放送BBCの東京特派員を10年以上務めた記者が今年1月、そんな見出しのエッセーを英語と日本語で配信しました。

 少子高齢化や官僚主義、ジェンダーギャップやアウトサイダーに対する厳しすぎる視線といった課題を列挙し、「日本は行き詰まっている」「日本はそうそう変わらない」と指摘。そのエッセーは、反論も含めて大きな反響を呼びました。

 筆者は、ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ記者(55)。「日本が大好きだ」という彼が、伝えたかったことはなんだったのでしょうか。1月末、1時間にわたり、オンラインで話を聞きました。

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2日間で300万人が閲覧

 昨年末に日本を離れました。新たな任地は上海ですが、ビザが出るのを待っており、いまはマニラにいます。

 まだ数週間しか経っていないというのに、すでに日本が恋しい。私のエッセーを読み、「離任するから日本を批判しているんだ」というコメントを読みましたが、的外れです。エッセーは日本を批判することが目的ではなく、私がどれほど日本を愛しているか、そして、どれほど離れるのがつらいことなのか、それを表現したものです。

 エッセーは最初の2日間だけで300万人に読まれました。うれしい驚きでした。内容は目新しい話ではなく、あくまで個人的なことでしたが、読まれたのは「筆者がすばらしいから」ではなく、たくさんの人が日本に魅了され、関心を寄せているから、ということなのだと思います。日本に行ったことがある人、日本に住んでいる人、日本に興味を持っている人が、私の経験と比べて自分はどうなのかを知りたいと思っているのでしょう。

 私は日本人女性と結婚し、子どもたちは日本で生まれました。東京での暮らしは幸せで、長野には別荘も買いました。10年の任期を経て、日本は私の第二の故郷になったのです。

 BBCの特派員にとって、一つの国で10年間を過ごすというのは非常に珍しいことです。日本の文化、日本の人びと、日本の生活様式にいらいらさせられることも確かにありましたが、いかに社会が機能しているか、称賛されるべき点もたくさんあります。

日本は「過ち」を犯したのか?

 日本は単純な国ではありません。「空気を読む」という表現がありますが、日本人は何を考えているのか、何を感じているのか、米国人や英国人ほどは表に出しません。

 10年間で日本をより深く理解することができたと思います。もちろん、日本を完全に理解できたわけではありません。日本語をもっとうまく話せるようになりたいという希望も、まだ持っています。

 離任のエッセーも、5年滞在しただけでは書けなかったと思います。通常は800~1千ワード程度ですが、私のものは2500ワードほどになりました。編集者にはこう言いました。「どうやって10年を2千ワードに縮めるのか。それは無理だ。1冊の本を書いたって、日本のすべてを説明することなんてできない」と。

• ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ記者が書いた日本語版のエッセーはこちら

 海外メディアが日本について書くとき、意味をなさないものが多いと思います。米英のテレビが日本に来る時には、クリシェ(使い古された素材)の取材をします。芸者、自動車、新幹線、アニメ、音楽、映画。でも、私は日本がいかにクリシェ的ではないかを伝えたかった。日本がいかに複雑で、わかりづらくて、もどかしくて、そしていかに魅力的で、すばらしくて。そういうことを説明したかった。「エッセーの中で矛盾している」と言われましたが、それは私自身が相反する複数の視点を持っているからです。

 《日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている》。そんな見出しのエッセーですが、日本がどこかの時点で過ちを犯したのかと問われると、そうは思いません。記者として若いころは、なんでも白黒をつけたがった。これは正しくて、これは間違っていると。ただ、世界はもっと複雑で、日本もそうなのです。日本が正しいとか、間違っているとか、そんなことを言いたいわけではありません。

ベストだった日本の携帯電話

 日本には良い面がたくさんあり、一方で問題も抱えています。

 いくつかの問題は若者の足を引っ張り、国家として前進することを難しくしています。それは経済的に見て取ることができます。

 日本にはすさまじいスピードで前進している時期がありました。日本はいまだにとても裕福な国ですが、たとえば米国やドイツといった国々と比べると、成長のスピードは相当減速しています。30年前の日本の位置と、いまの日本の位置を比べると、間違いなく順位を落としている。ソニーやパナソニック、シャープや東芝など、かつて世界をリードしていた企業も、米国や中国、韓国の企業に取って代わられ、30年前のような企業ではありません。

 携帯電話について考えてみましょう。1990年代、日本の携帯電話はベストだったと記憶しています。テレビを見られるし、メッセージも打てる。大きなスクリーンがある。世界中のどの携帯電話よりもずっと優れていました。

 ところが、いまはアップルやサムスンといった企業が世界を席巻しています。日本に賢い人や教養のある人がいないから、ではありません。明らかにそういう人たちはいる。では、なぜか。企業が古くなると、経営陣は保守的になり、変化を恐れるようになります。また日本では、新たに会社を始めることも難しい。資金調達が困難だからです。

 くり返しますが、日本が何かを間違えた、というわけではありません。米国や英国のような所得格差はないし、医療制度も充実し、教育制度も良い。ただ、給料が上がらないことは大きな問題でしょう。日本の企業は労働者に高額な給料を払いたがらない。いまの若い世代には、特に厳しい時代になっています。ユニクロを運営するファーストリテイリングが、最大40%給料を上げると表明しましたが、これは良い兆候です。他の企業も追随してほしい。

 経済的、社会的な観点から、日本が直面している最も困難な課題は高齢化でしょう。ただ、これは多くの国・地域でもそうで、日本が先を行っているというだけです。韓国や台湾、中国、欧州の一部でも高齢化が進んでいます。米国や英国は、移民を大量に受け入れることでこの問題を遅らせています。

 日本は移民の受け入れに抵抗があるように見えます。それが良いとか悪いとかではなく、それが日本のした選択です。その結果、高齢者がたくさんいて、若者がほとんどいないような場所がすでに出てきています。新たな産業革命が起こったり、科学技術が出てきたりして、農業や製造業が現在とは別の方法で行われるようになるかもしれません。そうなれば、人口が少なくても持続可能な国になる可能性があります。

高齢化、人口減の対処法は?

 とはいえ、1億2500万人の人口が8千万や9千万人になるというのは大きな転換です。高齢者の世話をする人たちの費用をどのようにまかなうのか。防衛能力にも影響を及ぼすでしょう。誰が自衛隊員になるのか。誰が戦闘機のパイロットになり、誰が艦艇の運航をするのか。

 日本に限らず、多くの国が変化する方法の一つとしては、世代交代があげられます。私のエッセーに対して「筆者は変わっていないというが、日本は変わっている」という意見がありました。確かにそうかもしれませんが、その変化がゆっくりとしすぎています。韓国や中国を訪れると、「ああ、10年前と比べて劇的に変わっている」と感じます。

 日本の一部で、長時間労働をしなくなったり、男性が育児休業を取ったりすることができるようになったのはすばらしいことです。ただ、それでもなお、道のりは長い。私の日本人の友人も「夫は何もしてくれない。私がすべてやらなくちゃいけない」と嘆いています。日本の会社で働くということは、とても大きなプレッシャーであり、あまりにも負担が大きい。

 安倍晋三氏が2012年12月に首相に就く直前、彼にインタビューし、そこで「3本の矢」(金融緩和、財政出動、成長戦略)や、女性が社会で輝けるようにという「ウィメノミクス」について話しました。それから10年が経ちましたが、私が思うには、それらは実現していません。日本についてこの10年で変わっていないことがあるとするならば、これほど女性の人材が豊富なのに、正当に評価、活用されていないことでしょう。

 欧米では2年休んで子どもを産み、キャリアを再開することができるのに、日本ではキャリアを積もうとすると、家庭を持つことが非常に難しい。日本経済にとって、人材の喪失というほかありません。

日本が変わることのできない理由

 私の娘を例にとりましょう。彼女は英国の大学で生化学を学び、第1級優等学位で卒業して日本に戻ってきました。日本のスタートアップ企業にとても興味深い職を得たのですが、1年経ってやめました。給料があまりに低かったからです。

 娘はいま、オーストラリアで暮らしています。そこでバイトをした方が、新卒として日本のスタートアップ企業で働くよりも稼げるからです。なぜ、優秀な若い人材により良い給料、より良い機会が与えられないのか。

 日本ではいま、1千円あればランチを食べることができます。そして1993年も、1千円でランチを食べることができました。韓国や台湾、香港やシンガポールの30年間と比較すると、日本は貧しくなっている。それは事実です。

 日本が変わることのできない理由の一つは、ほとんどの人にとって心地よい空間だからです。それ自体は決して悪いことではありません。

 では、日本に必要なものは何か。「よそ者」である私が、その質問に答えるのは非常に難しい。日本は何をすべきで、何をすべきではないのか。それは結局のところ、日本の人たち自身が決めなければならないことだからです。

 私のエッセーを読んで「日本に厳しすぎる」と感じた人たちへ。私がもし、自分の国、英国について書けと言われたら、もっともっと批判的なものになります。ただ、私は自分の国を愛しているし、誇りに思っている。非常に複雑な感情であり、それはまた、日本に対して抱いている感情と同じものなのです。

大本柏分苑

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