戦争と原発――ロシア軍のウクライナ侵攻をめぐって 山本義隆(3-3最終回)
過剰に危機を煽り、それに乗じて問題をきわめて一面的な形で提起し、自分たちの都合の良いように軍事力の強化を叫ぶ人たちがいると語りましたが、同様なことが、地球温暖化と気候変動が問題とされるのに乗じて、「炭酸ガスを発生しない」原発が「地球温暖化対策の切り札」であるかのような宣伝にも見られます。たとえば東京電力が発行している『原子力発電の現状』の2004年版には「原子力発電は核分裂によって生じたエネルギーにより発電するもので、燃焼を伴わないため、発電過程においてCO2 などを発生させないことから、地球温暖化の防止の観点で優れた方法の一つと言えます」とありますが、それは、自分たちに都合の悪い面をまったく無視した議論なのです。
そもそも原発は、熱効率、つまり加えた熱のどれだけが電気に変わるのかの割合が他の火力発電にくらべて悪いことが知られています。これは、熱力学の理論により基本的には作動温度で決まるのですが、通常の火力発電では40%を超えているのにたいして、原子力発電では30% 程度。つまり1単位の電力を生むためには、通常の火力発電でせいぜい2単位余りの熱が必要なのにたいして、原発では3単位を越える熱が必要とされます。したがって原発ではその差2単位強の熱、つまり発電量の2倍以上の熱を環境に棄てているのです。
原子力発電所は、核分裂で発生したエネルギーの約3分の1を電力に変えるだけで、残りの約3分の2は、海へ棄ててしまっている。100万キロワットの発電所は、その2倍の200万キロワットに相当する熱を海に棄て、海水の温度を上げてしまっている。これは、直接に漁業を脅かすだけでなく、地球全体の熱汚染という立場からも無視できない問題になってきている。
小出裕章氏が「たとえば、原子力発電所と呼ばれているものが、正しく表現するなら“海温め装置“であると、私は水戸さんから教えられた」と書かれている。
「本質的に、決して原子力発電というのは石油の代わりにはならない……。原発を作るためには大変な量の石油が必要である。……つまりコンクリートを作り、鉄を作り、濃縮ウランを作る、そのために膨大な石油を使ってしまう」。炭酸ガスの発生という点で見るならば、「原子力発電は炭酸ガスを発生しない」というのは、原子核の核分裂の局面においてのみ語り得ることで、その核分裂を起こさせるためには、自然界からのウラン鉱石の採掘から運搬、精錬、濃縮の過程、さらには原子炉と付属建造物の建設までの過程が必要で、そのためには多大なエネルギーを要し、そのすべての過程で多量の石油を消費し、多くの炭酸ガスを発生させているのです。
以前に原子力発電についてのドイツの記録映画を見たことがありますが、アフリカのウラン鉱山でのウラン鉱石採掘現場では、巨大なすり鉢型の露天掘りの鉱山から巨大なダンプカーで鉱石を運び上げる様子が写されていましたが、そのマンモスダンプカーは寸法でいって通常のダンプカーの4~5倍、体積でいって20倍くらいという巨大なもので、それは、単に油井からポンプで汲み上げパイプやタンカーで輸送するだけの石油にくらべて、ウランでは採掘から運搬に至るまで多量のガソリンを必要とすることを象徴しているものでした。ちなみにそのような労働は、当然、危険な被曝労働と思われますが、それはすべて現地の労働者に負っているのです。
中性子は電荷を持たないため、原子核に直接接する以外には、原子や分子とは反応せず、したがって簡単に物質を通過してしまいます。それゆえ原子炉から大量に発生する中性子やその他の放射線が外部に漏れないようにするためには、原子炉建屋の壁はきわめて厚くしなければならないのです。それがどれ程のものかと言うと、先述の東京電力発行の冊子には「格納容器の外側は、2次格納容器として約1~2メートルの厚いコンクリートで造られた原子炉建屋で覆い」とあります。厚さが1ないし2メートルのコンクリート壁で出来た巨大な構築物の建造に要するセメントは膨大な量であろうと考えられますが、そのセメント(ポルトランド・セメント)は、主要に炭酸カルシウム(CaCO3)より成る石灰石を粉砕し、加熱して炭酸ガス(CO2)を放出して得られる酸化カルシウム(CaO)を主成分とするものなのです。つまりセメントは、その原料を得るために山を切り崩す過程で多くのエネルギーを要するのは勿論のこと、その製造そのものの過程で多量の炭酸ガスを直接生み出しているのです。
こういった事実をすべて語らずに、核分裂では炭酸ガスが発生しないということを原子力発電そのものの特徴であるかのように主張するのは、まったくのまやかしなのです。リニア中央新幹線の問題でも、建設過程を一切捨象して、環境への被害がないといった議論がなされていますが、この手のまやかしを明確に暴き出さなければなりません。
水戸さんの書に触れたので、もうすこし見ておきます。この書は、原発についてのこのような技術的批判にとどまらない、文明史的な議論に及んでいるからです。1979年の講演「原発はいらない」で水戸さんは語っておられます。
原子力産業、原子力発電所の中の労働者の被曝の状況、労働条件、これは人間がやる作業でないことを実際にやらされているわけです。現代の科学技術を、我々はがむしゃらに推進してきた。いままでの科学技術のあり方というのは、あまりにも自然に反している。あたかも自然から遠ざかれば遠ざかる程それが技術であるかのように錯覚してきたけれども、それは科学技術の時代史の最も原始的な時代であるのです。アトミックという意味ではなくて、最もプリミティブな時代であると思います。これからの科学技術というのは、もっと自然と調和した科学技術、それこそが科学技術の黄金時代であると私は思います。そういう風に考える時、現在の石油浪費の文明に対してやっぱり根底的な批判が必要だと思います。現代の工業文明に対する批判が必要だと思います。
今でこそ多くの論者がこのように語っているけれども、1979年と言えば、日本の高度成長の余韻が残っていた時代であり、水戸さんの先駆性を知るべきでしょう。
こうして1978年の論考「原子力発電は永久の負債だ」で、水戸さんは言明しておられます。原発は、原水爆時代と工業文明礼賛時代の終末を飾る恐竜(亡びゆくもの)である。原発は、古い時代の科学技術 ―― 自然と人間の敵対、民衆の手に届かぬものとして民衆を支配する手段としての科学技術のシンボルである。
原爆(原子爆弾)そして水爆(水素爆弾)が出来てのち、大国アメリカとソ連が核兵器競争をしていた20世紀後半には、核戦争の危険は、その2大国間の直接的な対立を背景に語られていました。しかし、世界中に多くの原子炉が建設されるようになった現在、核戦争の危険は、小国にたいする局地的な戦いの中で、原子炉を巻き込んだ形で成されるという可能性があることを、今回のロシア軍のウクライナ侵攻が明らかにしました。そのことは、反原発運動のより一層の広がりの必要性と緊急性を示しています。そういう内容を込めて、ロシアのウクライナ侵攻に対する反戦運動は語られなければならないと思われます。東京電力の『原子力発電の現状』2004年版には「原発がいかに優れているか」を示すために、つぎの比較がなされている。
100万キロワットの発電所を1年間運転するために必要な燃料
濃縮ウラン 21トン 10トントラックで2.1台分
天然ガス 97万トン 20万トンタンカーで4.9隻分
石油 131万トン 20万トンタンカーで6.6隻分
石炭 236万トン 20万トン貨物船で11.8隻分
同様の比較はあちらこちらで見られる。しかし、私たちはこの背後に隠されているものを見抜かなければならない。
出力100万キロワットの原発では、1日稼働させるためには約1キログラウのウラン235が直接必要。実際には、熱効率が30数%ゆえ、その3倍の3キログラムが必要で、年間稼働日330日として、年間約1トン。以上は大概の文献に記されている。
以下、年間必要量で考える。
実際のウラン燃料は、ウラン235を3~5%含む「濃縮ウラン」よりなるので、「濃縮ウラン」の必要量は、
3%のもので 1トン×(100÷3)=33トン
5%のもので 1トン×(100÷5)=20トン
東電の冊子に書かれているのは、この値である。
ところが自然界のウランでは、ウラン235は0.7%で、残りの99.3%は核分裂をしないウラン238。したがってこれだけの「濃縮ウラン」を作り出すために必要な自然界のウランは、
3%のもので 33トン×(3÷0.7)=約140トン
5%のもので 20トン×(5÷0.7)=約140トン
実際にはこれよりもう少し要るようで、文献によると190トンと書かれているものもある。工程に無駄があるのだと考えられる。だから以下では150トンで考えるが、現実はこれより多いと思われる。どちらにせよ、大体のところは変わりないであろう。
ところでウラン鉱石は1キログラムあたり1グラム以上ウランを含んでいれば採算が合うとされている(Ponomarev『量子のさいころ』澤見英男訳, 1996 シュプリンガー・フェアラーク、p.264)。だから最低品質より少し良くて平均で1キログラムあたり1.5グラムのウランを含む鉱石の場合とすれば、150トンのウランを取り出すためには必要な鉱石は10万トン。
実際に鉱山から鉱石を掘り出すためには、その20倍の岩石や土砂を取り出す必要があるとされているので、実に200万トン程度の岩石や土砂を掘り出さなければならない。正確には200万トンが150万トンになるか300万トンになるかもしれないが、大体のところは変わりない。これが、上記の東電の冊子に書かれていることの背後に隠されているものである。
ポンプで原油を汲み出すだけの石油や天然ガスにくらべれば、燃料を獲得するためだけで、どれほど多くのエネルギーを必要とし炭酸ガスを生み出しているかが想像できるであろう。
2.原発の温排水(または「温廃水」)について
通常100万キロワットの原発では、周囲の海水より7度高い温排水を毎秒約70トン棄てている。これは一級河川の流量に匹敵。
九州電力の川内原発は川内川河口に2基で、その2基で排水量は計毎秒133トン、これは川内川の平均流量 毎秒108トンを上回っている。
同様に、九州電力の佐賀県の玄海原発では、九電の公表では「原発稼働時の温排水放出量は1,2号機で毎秒74トン、3,4号機で毎秒164トン」。
水口憲哉「温廃水と漁民」『科学』1985年8月、中野行雄・佐藤正典・橋爪健郎『九電と原発1』(南方新社、2009)p.47, 『東京新聞』2014年3月11日。
3.発電システムの熱効率
石油火力 39.8%
LNG火力 48.0%
石炭火力 41.2%
原子力 34.5%
資源エネルギー庁「原子力2003」より
ただしこれは2003年のもので、福島の事故以降、技術開発が進んでいるので原子力以外の熱効率はもっと上がっていると思われる。
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