神素盞嗚大神 PART③

疑いと武力が紛争の種

素盞鳴尊が地上を追われたのには、より深い原因があったことを、王仁三郎は『霊界物語』の中で一庶民の噂話にことよせ述べている。

「天の真奈井からこっちの大陸は残らず、素盞鳴尊の御支配、天教山の自転倒島から常世国、黄泉島(よもつとう)、高砂洲は姉神様がおかまいになっているのだ。それにもかかわらず、姉神様は地教山も黄金山も、コーカス山もみんな自分のものにしようと遊ばして、いろいろと画策をめぐらされるのだから、弟神様も姉に敵対もならず、進退これきわまって、この地の上を棄(す)てて月の世界へ行こうと遊ばし、高天原へ上られて、今や誓約とかの最中だそうじゃ。姉神様の方には、珠の御徳から現われた立派な五柱の吾勝命(あかつのみこと)、天菩火命(あめのほひのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、活津彦根命(いくつひこねのみこと)、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)という、それはそれは表面殺戮(さつりく)征伐などの荒いことをなさる神さまが現われて、善と悪との立別けを、天の真奈井で御霊審判(みたましらべ)をしてござる最中だということじゃ。

姉神様は玉のごとく玲瀧(れいろう)として透きとおり愛の女神のようだが、その肝腎の御霊からあらわれた神さまは変性男子の霊で、ずいぶん激しい我の強い神さまだということだ。弟神様の方は、見るも恐ろしい十握(とつか)の剣の霊からお生まれになったのだが、仁慈無限の神様で、瑞霊ということだ」(『霊界物語』一二巻二五章「琴平丸」)

いわば天照大神は疑い深く、我が強く、弟神の領分まで侵略したがるほどに欲深く、殺戮征伐を好む神になる。素盞鳴尊がなすすべもなく泣いていたわけであろう。

これが口述されたのは大正一一年三月一一日、大日本帝国はシベリアに出兵、軍備を強め、仮想敵国を作って牙をとぐ頃。しかも王仁三郎は第一次大本事件で投獄され、開祖出口直の墓はあばかれ、神殿はこわされ、不敬罪に関われている最中である。よくもまあ、これが酷(きび)しい検聞の目をくぐり抜けたものである。

視点をかえて見れば、天照大神の行為そのものにも首をかしげたくなる。お別れの挨拶がしたいという弟神の心を察する前に、ソク武力を整える。天界と地界は合わせ鏡、手のつけられぬ地上の乱れの原因を知り、その立て直しの方策を考えるのに一度高天原を見たかった・・・そう思いやることがなぜできなかったろう。

今日でも「疑い」が、大は仮想敵国をつくり上げる国際問題から小は家庭のいざこざまで、どれほど多くの紛争の種を撒(ま)いていることか。それを清くあるべき高天原の主宰神がまず犯された罪は重大である。

しかもその疑いの解決を、まっさきに武力に求めようとした。この体質は省みられず、帝国日本に引き継がれ、尾を引いた。口述の翌一二年関東を襲った大地震には朝鮮人暴動の疑いをかけ、数千人を殺している。その後も二度にわたる世界大戦や幾多の愚かな戦争のくり返しが、人類をどれほど悲惨な状況におとしいれてきたことか。さいわい神代では、素盞鳴尊の言霊と誓約によって、あやうく地上軍との武力衝突こそ避けられたが。

素盞鳴尊は「我が心清く明し。故、我が生める子は手弱女(たおやめ)を得つ。これによりて言(もう)さば、自ら我勝ちぬ」(これで私の清明潔白なことは証拠立てられた。私の心の綺麗なことは私の魂から生れた手弱女によって解りましょう。従って、私の勝です)といい、勝ちのすきびに乱暴をする。これについて王仁三郎は、地上から従ってきた素盞鳴尊の従神たちの集団行為だという。主である素盞鳴尊があらぬ疑いをかけられた無念を、その潔白が晴れたとたんに爆発させたのだ。

編集者註: 素盞嗚尊は罪もないのに高天原を放逐され、天の磐戸隠れの騒動を仕組んだのは、ウラナイ教の高姫ということが霊界物語に記されています。

第一八章  婆々勇(ばばいさみ)〔五八五〕

 高姫、黒姫、蠑螈別を始め、一座の者共は折から聞ゆる宣伝歌の声に頭を痛め、胸を苦しめ、七転八倒、中には黒血を吐いて悶え苦しむ者もあった。宣伝歌は館の四隅より刻一刻と峻烈に聞え来たる。

黒姫『コレコレ蠑螈別サン、高姫サン、静になさらぬか、丁ン助、久助その他の面々、千騎一騎のこの場合、気を確(しっか)り持ち直し、力限りに神政成就のため活動をするのだよ、何を愚図々々キヨロキヨロ間誤々々するのだい。これ位の事が苦しいやうなことで、どうして、ウラナイ教が拡まるか、転けても砂なりと掴むのだ、ただでは起きぬと云ふ執着心が無くては、どうしてどうしてこの大望が成就するものか。

変性女子の霊や肉体を散り散りばらばらに致して血を啜り、骨を臼に搗いて粉となし、筋を集めて衣物に織り、血は酒にして呑み、毛は縄に綯ひ、再びこの世に出て来ぬやうに致すのがウラナイ教の御宗旨だ。折角今迄骨を折つて天の磐戸隠れの騒動がおっ始まる所まで旨く漕ぎつけ、心地よや素盞嗚尊は罪もないのに高天原を放逐され、今は淋しき漂浪(さすらい)の一人旅、奴乞食のやうになつて、翼剥は)がれし裸鳥、これから吾々の天下だ。

この場に及んで何を愚図々々メソメソ騒ぐのだ。高姫さま貴女も日の出神と名乗った以上は、何処迄も邪が非でも日の出神で通さにやなるまい。

憚(はばか)りながらこの黒姫は何処々々迄も竜宮の乙姫でやり通すのだ。蠑螈別さまは飽までも大広木正宗で行く処までやり通し、万々一中途で肉体が斃れても、百遍でも千遍でも生れ替はってこの大望を成就させねばなりませぬぞ。エーエー腰の弱い方々だ。この黒姫も気の揉める事だワイ、サアサア、シ’ャンと気を持ち直し、大望一途に立て通す覚悟が肝腎ぢや。

(大正一一・四・三 旧三・七 加藤明子録)

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