冠島・沓島開き120年祭のYOU TUBE動画を観て(H.Suzuki)

沓島開き120年祭の藤井盛氏のYOU TUBE動画(神島開きと神武天皇)、よく撮れてましたね、沓島が2つの島から成っていたとは知りませんでした。

 ただ動画の終わり近くのテロップで藤井氏の「今回の沓島参拝で、大本教義と神武天皇とが一致した・・」との言葉に思わず絶句した。

 何故大本信徒は、天皇にこだわるのか? 沓島を前にして開祖の苦行を思い、

国祖の苦難に思いを馳せるのが普通であると思うが、何故天皇に思いを巡らせるのか?

 私なりの考えでは、聖師の生い立ち(有栖川の後胤説)と聖師自身の文章(霊界物語「天祥地瑞78巻序文と本文中、皇太子殿下誕生の大仰な祝い文)による信徒への啓蒙・・この天皇制賛美文と戦後の所謂吉岡発言の記事とは真逆すぎて、同一人物の言葉とはとても捉えられず、大本教義そのものへの信憑性を問われても仕方がない。

 明治25年、大本は開祖への国常立尊の神憑りにより開教した。開祖は、一貫して世の立替、立直しを叫び、人民への改心を迫った。大本が天譴の宗教と謂われる所以もここにある。目下、先の見えない新型コロナウィルス禍に対し、ワクチンができる迄の辛抱とされているが、果たしてどうだろうか

 大正4年旧11月6日のお筆先(大本神諭第四集p119 愛善世界社刊)

 悪ではモウ一足(ひとあし)も、往(ゆ)きも還(かへ)りも成らん事になりて、善のはたらきのいろはから勉強をいたして、これまでの心をサッパリ捨ててしもうて、これまでの行(や)り方を、上から下の行(や)り方、この世一切(いっさい)の行(や)り方をさっぱり(全然)替えさすから、今では真実(まこと)にいたさねど、代(かは)りかけたら速いぞよ。

 お筆先は、予言の書である。

日本が泥海になる(昨今の洪水被害を見よ)、火の雨が降る(聖師は空襲時の爆弾のようなチョロコイもんと違うと指摘、先日日本上空に火球のような火の玉が大気圏に突入し、その画像がまるでSF映画のごとくTVに映し出されていた、後日、千葉県に隕石の一部が発見されたが、このようなことは今まで無かった。)

 コロナウィルスにより、わずか半年間で社会の仕組みが変わってきた、人との接触が避けられるようになり、仕事は都心に出勤せず自宅でテレワークに。通勤しないから鉄道会社は赤字経営、倒産して鉄道は無くなるかも知れない、リニアなどもはや不要かもしれない。人の行き来が無くなると都心のターミナルも寂れ、繁華街も不要となり、都心の百貨店も閉店。市役所の手続きもオンライン処理で自宅から手続き完了、つまらぬことでも地方から日参させられた悪の権化中央官庁もデジタル化で権威を示せなくなる・・つまり縮小。メディアもweb、スマホニュースで広告収入激減、新聞も戸配が無くなり、スタンド販売も人が居ないから成り立たず、つまり新聞社も倒産。人間が最低限生き残るための業種だけが存在するという様変わりの世の中に変わることが目下進行中なのかも知れない。

 宗教団体も集まってお祈りを捧げることもできなくなるし、献金も減るだろう

WEB化でどれだけ人の心をつかめるか、祈りの対象を持たない、寄り集まりでの宿命転換の発表を主体としてきた創価学会は運営が辛くなるだろう。

 大本(本部側)だってYouTubeで中身のない安っぽい講師がダラダラと映像を流しても恥をかくだけである、宗教は開教の精神とその歴史をしっかり伝えないと今までと同じ調子では消え去るだろう。

 話が飛んでしまった、天皇と平和である。

出口栄二師は、聖師の右翼的言動について、「時代的背景下でのお遊びみたいなもの・・」で、そのことについてはあまり拘っていない、寧ろ聖師と直に接触した人間性と拘留体験下の聖師自身の言葉が強烈だったのではないか、そしてそれは所謂吉岡発言と関係するのであり、安丸良夫が指摘した「それまでの反省」を含んだものであったと思われる。

 万世一系の天皇 が怪しいもであるとの指摘、特に継体天皇から代わっているとの声が識者であるが、未来永劫の天皇制を望むのであれば、一夫一婦の民主主義社会下ならば男系、女系に拘らず血統重視で存続させるしか方法はない、それでもなお現代医学を駆使し続けねばならないだろう。

 敗戦時GHQは当初天皇の戦争責任を厳しく弾劾する予定であったが、対ソ緊張下、日本を西側傘下に置くべく天皇利用への急転換が為され、今日に至っているが、果たして天皇は利用されるばかりであったろうか

 私の住んでいる町内では、年に数回町内ゴルフが行われ、先月も一緒の組でプレーした人は、航空自衛隊のジェット機のパイロットをしていて「現役引退時に航空自衛隊学校の教官を命じられ、その折に日本の敗戦原因を自分なりに徹底的に調べたら、どうしてもその責任は昭和天皇にある、と確信した」と言う。現役の自衛官がですよ。彼が続けて言うのには「日本人の死者は兵隊も含めて300万人、そのうち200万人が終戦一年前に死んでいる。一年前には終戦への打診がアメリカからあったにも拘わらず、天皇が拒絶した、その結果一年間で200万人の命が失われた、これ天皇の責任と言わずして何と言う・・」とこのことを当時の上官に言うと「〇〇お前、それ以上言うとクビになるで・・、と言われたので言うのは止めたが、昭和天皇に責任があったと言う思いは今も変わっていない、戦争はしたらあかんわ・・」と言う。

 第一線に居る人の方が案外平和思想の持主かもしれない、と思うと同時に開祖は「兵隊さんは可哀そうや・・」、底辺の人民への思いを終生述べられている、自身の苦しみの人生から滲み出るような思いがそこにあり、開祖の言説からは、天皇を賛美することは無かった。

大本柏分苑

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